「いやーそれ苦手なこと何ですよね」
お付き合いをしている経営者の方とオンラインミーティングをしている際に、何気なく出た言葉。たまたま今月、人事や組織関連の話題が重なったようで、私とのミーティングでもその話になった。その時に、ふとその経営者が漏らした言葉である。

苦手は克服すべきなのか?

すべての出来事は、その人にとってベストなタイミングで発生する。これは経営の原理原則である。それを信じていると、”たまたま”という感覚は無くなる。印象的な出来事や同じような体験が重なって発生した時、それはそのことに関して手を打つ必要があるタイミングである。

先ほどの経営者にとって、人事や組織を考えるタイミングに入っているのは、恐らく間違いは無い。そのこと自体は、経営者も感じたようである。ただ、その時に出た”苦手”という言葉は、とても重要である。なぜなら、苦手なことに突っ込んでも成功確率は極めて低くなるからである。

苦手と同じようなことに”難しい”がある。
人は不思議なことに、難しいことに挑戦し、苦難を乗り越えて達成することが、簡単なことをやり切って成果を上げるよりも素晴らしいことだと考えている。仮に達成できる成果が同じであったとしても、難しい方が良いことだと考えている。

前職で駆け出しのコンサルタントだった時代、ある経営者から「大きな壁があるから成長できるんです。困難な事が発生した方が良いです」という言葉を繰り返し聞いた。何となく疑問を感じていたので「言葉は言霊です。困難が欲しいと発言し続けていると、引き寄せますよ」とお伝えをしていた。結果として、その会社では社長が病に倒れ、役員の裏切りも発生するという大きな苦難が襲いかかり、経営が立ち行かなくなってしまった。夜中に役員の方の悲痛な声を電話でお聞きした瞬間は、今も忘れない。

”苦手”と”難しい”への対処法

苦手は置き換える。難しいは簡単に切り替える。
経営者とお話をする中で、いつも気にしているのが、この2つである。苦手や難しいことへの挑戦的な話が出てきたら、それを解決してから次の話題に進むようにしている。

”苦手”という言葉が出てきたら、その言葉の真意を読み取ることからスタートする。私との時間では本音で話される方ばかりなので、漏れ出た言葉に”嘘”は混じらない。経営者にとって、そのことのどこに苦手を感じるのか?それを質問をしながら見定めていく。

冒頭の人事や組織の話の場合、例えば”評価”をするのが苦手なのか。”コミュニケーション”の部分が苦手なのか。全体的な部分に苦手な感覚を持っているのか。または成長過程において、複雑になってくる組織構造を整理することが苦手なのか。真意を掴む事が重要になる。

次に経営者の得意を常に意識しておく。性格的にどういう事であれば夢中になれるのか。苦手の真意が分かれば、その事には触れずに、別のアプローチとして、そのテーマに関して夢中になれるポイントを探っていく。いくつかの話をして、経営者が興味を示したら、まずはそこから始めていきましょうと置き換えていく。

今はそのことが大切なので、苦手といって避けるのではなく、真正面からぶつかっていきましょう。このアドバイスは正しいように見えて、実は無責任だ。人は心の生き物である。苦手なものは後回しにするし、中途半端にしかできないから失敗のリスクが高くなる。苦手な領域は無意識的に失敗を望むので、成功の経験ができず、”やっぱり苦手だった”という体験が増えていく。

苦手は得意に置き換えていくことが大切だ。その人にとっての得意な領域からアプローチして貰う。少なくとも興味・関心を掻き立てる事ができたら、それ以降の実務的な領域からは、それが得意な人にリリースして貰う。経営者が対応すべき領域を絞り、それ以外は外部のプロや社内で得意な人に任せていく。それが置き換えるというアプローチだ。

難しいへの挑戦の厄介なバイアス

難しいへの挑戦については、ワクワクが入っているので軌道修正が大変になる。結果を出すという目標は同じだが、なぜか難しい道の選択の方に魅力を感じてしまう経営者は多い。その際には簡単に実現できる方からアプローチすることを強く薦めるようにしている。

”難しい”というのは、その経営者やその会社にとって”難しい”かどうかがポイントになる。例えば、テレアポが非常に得意な会社があれば、営業マンによる飛び込み営業をするよりも徹底してテレアポをした方が、新規開拓は簡単である。ネットワーク型の営業が得意な経営者であれば、わざわざWEBマーケティングで顧客開拓をするよりも、上限一杯になるまで人脈を活用した活動をする方が簡単である。

一般論での難しいという判断ではなく、その経営者やその会社にとって、最も簡単な方法を選択する。隣の芝生的な考え方で、なぜか未経験な領域に踏み込もうとしてしまうケースがある。リソースが潤沢にあり、テスト的に挑戦できる場合は問題は少ないが、限られたリソースの中で、新しいことへの挑戦をなぜか選ぶケースがある。

「何の苦労もせずに楽しみながら結果を残せる方が良くないですか?」
難しいへの挑戦でワクワクしている経営者に冷静になって貰うために話す言葉である。難しい挑戦を否定したい訳ではない。ただ、せっかくある長所を十分に活用しないままで、力を分散させてしまうのは勿体ない。難しい挑戦よりも簡単にできることの方が価値が低いと感じる意識を変えること。そして、まずはすぐに成果に繋がる簡単な行動に置き換えて貰う事が大切になる。

経営者が意識すべき真意とは

長所を生かすこと。経営者のツキを維持・継続していくこと。それを念頭に考えていると、違和感のある発言にはアンテナが立つ。論理的に考えると、絶対にしない選択。頭では分かっていても心が納得していないこと。人は矛盾を抱えている生き物だとつくづく思う。それは優秀な経営者であっても陥ってしまう罠である。

困難な状況から立ち上がり、成果を出してきた経営者のストーリーは、多くの人の共感を集める。経営者が何の苦労もなく、自分の長所を生かし切ることで成功した。その過程では苦労したと感じることはなく、今もずっと楽しい。そんなストーリーがあったとして、やっかみはあっても共感は生まれにくい。成功には苦労が必要で、苦労をせずに成し遂げた成功は価値が無いと感じる風潮がある。

だから苦手なことでも乗り越え無いといけないし、難しい道があったら、そちらを選んでしまう。難しい道でも、自分たちの長所が生かせる領域であり、他社から見たら難しいと感じるだけで実は簡単な道。それを見つけ出すことが何よりも重要である。

苦手は克服する。成功のためには苦難を乗り越える。そんな誰が決めたか分からない常識が、経営者の判断も迷わせる事がある。苦手は得意に置き換える。得意な部分だけを理解し、詳細は得意な人に任せる。他人から見たら困難と思える道でも、自分の長所をいかしたら簡単だと思える道を選択する。他人からも自分が見ても難しい道。他人には簡単でも、自分にとっては難しい道は選ばない。

世の中にある常識や言葉の真意を理解する事が重要だ。額面通りに受け取らず、その言葉の背景まで理解してみよう。言葉に惑わされる事が無くなれば、自社の力で成果を出せる道を間違いなく選択できるようになる。

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